室伏広治氏に学ぶ「質の良い軸」の創り方
第3回|強さとは、力を正しく伝えられること
「軸がしっかりしていますね」
スポーツやトレーニングの場面で、よく耳にする言葉です。
軸がある人と聞くと、身体がまったくブレず、一本の棒のように真っすぐ立っている姿を想像するかもしれません。
しかし、本当に良い軸とは、ただ固まって動かない軸ではありません。
動きに合わせて変化し、バランスを崩しても、元の位置へ戻ってこられる軸です。
私はそれを、**「質の良い軸」**と考えています。
良い軸は、筋力だけでは創れない
体幹の筋力を強くすれば、自然に軸も安定する。
そう思われがちですが、筋力だけで良い軸が創られるわけではありません。
たとえ強い筋肉があっても、自分の身体がどのような状態なのかを感じられなければ、その力を十分に使えないからです。
室伏広治氏が大切にしている考え方の一つに、自分の身体を感じ、思いどおりに動かすという視点があります。
今、自分の身体はどちらに傾いているのか。
右足と左足のどちらに体重が乗っているのか。
肩や腰に余計な力が入っていないか。
こうした感覚を身体から受け取り、動きを調整する力が必要です。
軸は、外から見える姿勢だけで決まるものではありません。
自分の身体の状態を感じ、必要に応じて修正できること。
それが、質の良い軸を創る第一歩です。

Screenshot
すべての動きは、足裏から始まる
私たちは立っているとき、必ず足裏で地面に触れています。
歩くときも、走るときも、しゃがむときも、地面から受けた力を身体へ伝えています。
しかし、足裏の感覚が弱くなると、自分の体重がどこに乗っているのか分かりにくくなります。
かかとに偏っているのか。
つま先に乗りすぎているのか。
足の内側や外側へ流れているのか。
その偏りに気づかないまま動けば、膝や股関節、腰がバランスを補わなければなりません。
トレーニングで大切なのは、いきなり重いものを持つことではありません。
まずは足裏で地面を感じること。
そして、地面から受けた力を、脚、骨盤、体幹、上半身へとつなげることです。
強い力を出すためには、身体の一部分だけを鍛えるのではなく、全身が一つにつながる必要があります。
力は「大きさ」より「伝わり方」
たとえば、スクワットでは脚の筋力が必要です。
しかし、足裏が不安定で、膝が大きく内側へ入り、骨盤や体幹が崩れていれば、脚の力を十分に発揮できません。
腕で物を押す動作も同じです。
腕や胸に筋力があっても、足元や体幹が安定していなければ、力は途中で逃げてしまいます。
反対に、身体全体がつながっていれば、必要以上に力まなくても、大きな力を出せるようになります。
本当の強さとは、筋力の大きさだけではない。
自分の持っている力を、必要な方向へ正しく伝えられることです。
だから体幹トレーニングでは、「どれだけきつい運動をしたか」だけでなく、「力がどのように全身へ伝わったか」を見る必要があります。
バランスは、崩さないことではない
バランストレーニングというと、片脚で立ち、できるだけ身体を動かさないように耐える運動を想像する方も多いでしょう。
もちろん、それも一つの方法です。
しかし、日常生活では、予想していなかった方向から力が加わります。
段差につまずく。
濡れた床で足が滑る。
人や物にぶつかる。
荷物を持ったまま身体の向きを変える。
こうしたときに必要なのは、絶対にバランスを崩さない身体ではありません。
崩れた瞬間に変化を感じ、足を一歩出し、元の姿勢へ戻る力です。
木も、強い風の中でまったく動かないわけではありません。
枝や幹をしならせながら、力を逃がし、折れないように対応しています。
人間の身体も同じです。
固さだけでは、突然の変化に対応できません。
必要なのは、強さとしなやかさの両方です。
自分の身体に「問いかける」
質の良い軸を創るために、特別な道具は必ずしも必要ありません。
まずは自分の身体に意識を向けることです。
立ったとき、足裏のどこに体重を感じるか。
片脚で立ったとき、身体はどちらへ傾くか。
しゃがんだとき、左右で動きに違いはないか。
腕を上げたとき、肩や腰に力が入っていないか。
正解の形を無理につくる前に、自分の身体で何が起きているのかを知る。
この小さな確認が、身体を変える入口になります。
Bell&Goldのトレーニングでも、ただ回数をこなすのではなく、身体の感覚を確かめながら動くことを大切にしています。
同じスクワット10回でも、何も考えずに行う10回と、足裏や呼吸、骨盤の位置を感じながら行う10回では、身体への学びが違うからです。
質の良い軸は、人生を支える
良い軸は、アスリートだけに必要なものではありません。
長時間立って働く。
子どもを抱き上げる。
階段を上る。
転びそうになったときに踏みとどまる。
旅行先を自分の足で歩く。
私たちの日常は、常にバランスの連続です。
筋肉を大きくすることも、体重を減らすことも大切です。
しかし、その身体を自分で感じ、思いどおりに動かせなければ、本当の意味で身体が変わったとは言えません。
私が創りたいのは、見た目だけが整った身体ではありません。
変化に対応できる身体。
崩れても戻れる身体。
そして、年齢を重ねても、自分の身体を信頼できる状態です。
質の良い軸とは、身体の中心にある一本の線ではない。
自分の身体を感じ、整え、必要な場所へ力を届ける能力です。
身体の軸が整えば、動きが変わる。
動きが変われば、日常が変わる。
体幹を鍛える本当の価値は、その先にあります。
